この話の登場人物
T弁護士

来人(らいと)君
かつてN弁護士の個人情報保護法のクラスで講義を受け、
近頃、マーケティングや広告のコンサル事業を起業。

T先生、今日は、著作者の権利の制限規定の説明の続きを聞きにきました。

ちょっと待ってください。今、私の生まれ故郷の代表校がノーアウト満塁のチャンスなので・・・。

スポーツ観戦好きですね。あまり時間はいただきませんので、先に説明の方をお願いしますよ!

分かりました。今日は私的使用目的の複製の例外の説明からです(著作権法30条1項)。

ちょっと聞いたことあるんですけど、プライベートな目的であれば、著作物を自由に使って良いんですよね?

たとえば、どんな行為が許容されますか?

ええと、他人が制作した画像をコピーして自分のプライベート用SNSにアップしたり、市販のDVDをコピーしたりすることですか?

違います。前者は完全アウト、後者も一定の場合にアウトです。

そうなの?早くもツーアウトじゃないですか。どっちもプライベート目的なのに。

よく間違えられるのですが、著作権法30条1項の「私的使用目的の複製」の例外は、プライベート目的の行為を何でも許容するものではありません。

じゃあ、他人が作成した画像をコピーして自分のプライベート用SNSにアップするのは、なぜ私的使用目的の複製にあたらないのですか?

らいと君、画像のコピーとアップロードは、著作権法上、どのような行為(支分権該当行為)にあたるか分かりますか?

え、複製権ですよね?コピーしてるから。

アップロードは?

あ、ええと、公衆送信・・でしたっけ?

そうです。正確には、公衆送信の一類型としての送信可能化という行為にあたります。

たとえプライベートでも、インターネットへのアップロードはダメなんですね。

私的使用目的のための「複製」のみが許容されています。著作物を、インターネット上にアップロードすることや、不特定多数に配布することは、たとえプライベートでの行為であっても、公衆送信権や譲渡権の侵害にあたるおそれがあります。

それじゃあ、市販のDVDのコピーは何がダメなんですか?アップロードしたり、不特定多数に配ったりしていませんよ。

市販のDVDのコピーが直ちに違法というわけではありません。でも、現在、市販のDVDにはコピーガードが設定されているものが多いですよね。コピーガードを解除して複製することは、たとえ私的使用目的であっても違法になります(著作権法30条1項2号)。

なるほど。

その他にも、違法アップロードされたものと知りながら、アップロードされた著作物を複製(ダウンロード等)することもダメです(著作権法30条1項3号)。

そうなのか。

私的使用目的の範囲内といえるかについても、注意が必要です。

というと?

ここで問題です。新聞記事の切り抜きを、会社の同僚に見せるためにコピーすることは、私的使用目的の範囲内でしょうか?

会社の同僚ってことは知り合いだから、私的使用目的の範囲内だと思います。

違います。

ええっ。

過去の裁判例で、「企業その他の団体において、内部的に業務上利用するために著作物を複製する行為」は私的使用目的の複製にあたらないと判示した事例があります(東京地裁昭和52年7月22日・舞台装置事件)。

じゃあ、社内会議のプレゼン資料として複製することもダメなんですか。

私的使用目的とはいえません。今日は、スリーアウトですね。ゲームセットです。

ぐぬぬ、もうちょっと教えてください。

え~。

延長戦をお願いします。

仕方ない。でも延長戦は短いですよ。タイブレーク方式ですよ。

どういう方式の対話になるのかよく分かりませんが、短時間で結構です!

では追加の質問は何でしょうか?

私的使用目的の複製にあたらないとしても、やっぱり新聞記事等の著作物を会議用の資料として使いたい場合はあるんです。どうにかして、適法に使用する方法はありませんか?

ありますよ。

あるの!?

前回の説明をよく思い出してください。

・・・あ、適法な引用!

そうです。適法な引用の要件を満たしていれば、社内、社外にかかわらず、新聞記事を引用の方法で使用することができます。

確かにそうですね。それじゃあ、公表された著作物を、引用に必要最低限の範囲で、主従関係が・・・。ええと、何でしたっけ?

前回お話しした4要件は、(1)公表された著作物であること、(2)公正な慣行に合致すること(引用の必然性があり引用部分が明確であること)、(3)正当な範囲内であること(引用部分とそれ以外の部分の主従関係が明確であり、引用される分量が必要最小限度であること)、(4)出所の明示でしたね。

適法な引用の要件の復習が必要だ。

全てを紹介することはできませんが、わが国の著作権法上、権利制限規定が他にもたくさんあります。

他には、メジャーどころの権利制限規定は、どのようなものがあるんですか?

よく話題になるのは、教育機関における複製等の例外(著作権法35条)ですね。学校や大学の授業の過程で使用するためであれば、著作物を複製したり、一定範囲で公衆送信したりすることができます。

塾はどうですか?

民間の学習塾は、残念ながら著作権法35条の「教育機関」にはあたりません。また、学校等の教育機関における複製も、「授業の過程」で使用するための行為でなければなりません。例えば、職員会で配布するための複製は、「授業の過程」で使用するためではないため、著作権法35条で許される行為にはあたりません。

なかなかシビアなんですね。

他には、営利を目的としない上演等の例外という規定もあります(著作権法38条)。

上演等?

営利を目的とせず、観客から料金をとらず、出演者に出演料が支払われない場合には、公表された著作物を上演・演奏・上映・口述することができるという規定です。たとえば、高校野球の応援で、生徒たちが有名な楽曲の演奏を披露するような場合には、非営利かつ無償の演奏なので、著作権法38条により楽曲の著作権者からの許諾は不要になります。

えっ?でも高校野球の観客は、球場への入場料を支払っていますよね。観客から料金をとっているんじゃないんですか?

球場の観客は、あくまで野球の試合を観戦する対価として入場料を支払っており、応援の演奏を聴く対価として料金を支払っているのではない、と考えることができます。

なるほど。だから、高校野球の応援では、最近の流行曲を積極的に取り入れることができるのですね。

そうです。私は、毎年、吹奏楽部の応援も楽しみにしているのです。今年も、強豪校の応援で、人気アニメの主題歌が取り入れられていましたね。

著作権に関するトピックは、何でも身近な話題につなげることができるのが良いですね。

それは、私の教え方が上手だからですよ。

とにかく、今日はよく分かりました。

最後になりましたが、わが国の権利制限規定は、様々なケースごとに個別に規定されています。これに対し、アメリカなどの外国では、フェアユースという包括的な権利制限規定が導入されているところもあります。

フェアユース、聞いたことありますね。

フェアユースとは、利用の目的と性格、著作物の性質、利用された部分の量と重要性、著作物の市場への影響といった各要素を総合的に考慮して、著作権の行使が制限されるか否かを検討する法理です。

フェアユースの規定があれば、あらゆるケースに適用できるわけですね。

そうです。わが国のような個別の権利制限規定は、技術の進歩や文化の発展とともに、常に見直しが求められます。たとえば、コピーガードの解除や違法アップロードといった問題は、昔には予見できなかったため、近年の技術の進歩に応じて、権利制限規定が改正されてきました。しかし、フェアユースのような包括的な権利制限規定があれば、その都度の法改正をしなくとも、迅速かつ柔軟に新たなケースに対応できるわけです。

すごく便利ですね。なぜ日本では導入されていないのですか?

長らく議論されてきたことですが、フェアユースには問題点もあります。フェアユースはあらゆるケースに適用し得る一方で、具体的にどのようなケースならば著作権侵害か、どのようなケースならばフェアユースとして許容されるのかが、曖昧になってしまい、予測が難しくなってしまいます。

たしかに。

フェアユースか否かは、最終的には裁判所が判断することとなるため、裁判例が集積されるまでは、権利侵害の該当性の判断が難しくなります。これまでのところ、フェアユースを導入しようという意見は、わが国では多数派に至っていないといえます。

そうかあ。アメリカではどのように運用されているのか気になりますね。

また機会があれば、海外の事例もご紹介しましょう。

楽しみにしてます。ところで、野球の応援はもういいのですか?

そうだった!長い延長戦にされてしまいました。

(フェアユースのくだりは自分から話し始めたくせに。)

それでは、私は故郷の代表校の応援に戻ります・・・ポチッ。

ありがとうございました。勝ち上がるといいですね。それじゃ!

・・・逆転負けしてる。。
(2023年5月1日公開)
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