この話の登場人物
T弁護士
商子(しょうこ)さん
製造会社に新入社員として入社し、知的財産部に配属された。
大学時代にともにバンドを組んでいたT弁護士の後輩。
しょうこさん、前回は「発明」について説明しました。次は、どのような発明が特許として登録してもらえるのか、特許登録の要件について説明しますね。
はい。前回の反省を生かして、簡単な言葉で、分かりやすく、を心がけてくださいね。
ぐぬぬ・・・。特許を受けることができる実体的要件については、①産業上の利用可能性があること(産業上の利用可能性)、②新しいものであること(新規性)、③容易に考え出すことができないこと(進歩性)、④先に出願されていないこと、⑤公序良俗を害しないことの5つの要件があります。
多いな!でも、その要件って、少し前に受けた知的財産の初学者向け研修で聞いたことがあります!
とても重要な要件ですからね。まず、①産業上の利用可能性があるとは、学術的、実験的にではなく、産業として利用できなければなりません。「産業の発達」を図ることですからね。
なるほど。私が子供のころに作った「謎の液体(用途不明)」は、残念ながら産業上の利用可能性がありませんね。
また、人間を治療したり手術したりする医療行為については、人道的な見地から広く利用されるべきなので、「産業上利用できる発明」から除外されています。
ふむふむ。
さらに、産業上の利用可能性があるためには、理論的にだけではなく、実際に実現可能な発明でなければなりません。
実現できない発明とは?
よくある例えとして、紫外線増加から地球を守るために地球表面全体を覆う紫外線吸収フィルム、とかは実現可能性がないといわれますね。
え~、ロマンがないですね。
ロマンだけでは特許は取れません。
新しい発明を思いついても、すぐに実用できなければならないんですか?
いいえ、直ちに利用可能でなければならないというわけではありません。将来の利用が見込まれれば足ります。例えば、現時点ではボディやブレーキが対応できない高性能なエンジンの発明であっても、将来の技術発展により利用可能となれば大丈夫です。
分かりました。じゃあ、次の②新規性って何でしたっけ?発明っていうからには新しいものだと思うんですが、新規性があるかないかはどうやって審査されるんでしょうか?
新規性が認められるかどうかは、原則として出願の時点が基準になります。出願時点で、すでに学会発表されていたり、インターネット上で公表されていたり、すでに誰にも分かるような態様で製品等に利用されていたり(公然と実施)すれば、新規性が認められません。
じゃあ、出願までは秘密にしておかなければならないんですね。私、こう見えても口が堅いことには定評があります!
ほんとかなぁ・・・。とにかく、例外的な救済規定(新規性喪失の例外)はありますが、出願にあたっては、不用意に公開しないことやスピード感が重要になります。
続いて、この前の研修では、③進歩性という要件もとても重要だって聞きました。
「進歩性」とはどういう意味か分かりますか?
「すごい発明」じゃなければダメってことですよね!?
「すごい発明」?う~ん、とにかく、登録が認められない最も多い理由が「進歩性なし」ともいわれるので、非常に重要な要件であることは間違いありません。分かりやすくいうと、すでに存在している技術(先行技術)に基づいて、その技術分野の専門家が、容易に成し遂げることができないことが必要です。
なるほど、分からん!T先輩、お得意の例えでお願いします!
何か良い事例ありましたっけ・・。あっ!モメタゾンフロエートの水性懸濁液を含有する薬剤の発明が・・・。
モメタゾン?けんだくえき?ううう、その事例、チェンジで。
ダメですか。ええと、あ、テレビゲームのシステムに関する事案[1]がありました。
!? がぜん興味がわいてきました。
問題となったのは、カプコンが権利を有していた特許です。シリーズもののゲームで、続編ソフトをプレイする際に、先行ソフトを持っていれば、先行ソフトの所定のキーを読み込ませてゲーム機能を豊富化させることができるとともに、先行ソフトを持っていなくても続編ソフトだけでプレイができるという、ゲームシステム作動方法の発明です。
続編ソフトを入れたときに、「○○シリーズの●●●のCD-ROMをお持ちの場合は、ゲーム機に装填してください」みたいな指示が出て、シナリオやキャラクターが追加されるやつですね。ありましたね~。
しかし、もっと昔のゲームにも、別のソフト間でセーブデータを引き継いで、後続ソフトにデータを追加する機能は存在していました。前作を一定程度プレイしたデータを引き継ぐことで、続編ソフトでは有利なプレイができるといった機能です。
なるほど。さすが、初代ファミコンの頃からプレイしていたT先輩ですね。
カプコンの特許は、セーブデータの記憶機能のないソフト(CD-ROM)間で、ゲーム機能の豊富化のための引継ぎができるとしたものです。
ああ、セーブするのにメモリーカードが必要なゲーム機もありましたよね。ちなみに私はセガサターン派でした。
カプコンの特許について、特許の無効を主張する相手方からは、昔から存在していたソフト間のデータ引継機能について、単にセーブデータの記憶機能のないCD-ROM間で実現できるようにしただけに過ぎないので、進歩性がないと主張されたのです。
なお、ちなみに私はプレイステーション派でした。
セーブデータの引継ぎは昔からありますね。私、この前に買った「スプラトゥーン3」に「スプラトゥーン2」のデータを引き継ぎましたよ。特典がもらえるんですよ。そういわれると、よくあるシステムなので、確かにあまり進歩していないような・・・。
しかし、知財高裁としては、進歩性を認めました。
どこが、どう進歩したって判断されたんですか??
セーブデータの記憶機能のあるソフト間の引継機能は、前作を「一定程度プレイした」というセーブデータを引き継ぐことによってはじめて、後続ソフトで有利なプレイをすることができます。これに対し、カプコンの特許については、前作のソフトを「単に持っているだけ」で、後続ソフトに機能の追加ができるわけです。
たしかに、違うといえば違う。前作のソフトを全くプレイしてなくても、単にゲーム機にセットするだけで、後続ソフトでキャラクターやステージの追加ができるってことですね。
そのため、過去の技術(セーブデータの記憶機能のあるソフト間の引継機能)をセーブデータの記憶機能のないCD-ROMソフトに適用することは、当業者であっても簡単には思いつかない(容易想到性がない)と判断されました。
なるほど。「簡単に思いつかない」と言われればそうかもしれません。
原審は反対の結論を下していたので、難しい事案だったと思います。
「発明」って聞くと、エジソンの「白熱電球」とか平賀源内の「エレキテル」とかをイメージしてしまいます。ただ、特許の登録にあたっては、普通なら絶対に思いつかない!っていうほどの超革新的な技術にだけ、進歩性が認められるわけではないんですね。
あまりに厳格な要件にすると、ほとんどの発明は特許として認められず、新しい技術へのタダ乗りを許すことになりかねないですからね。
納得はできましたが、特許の有効性の検討って結構難しいんですね。
そうなんです。次の要件に進みましょう。
④先に出願されていないって要件は、分かりやすいですね。早い者勝ちってことですもんね。
先に発明を完成させた者ではなく、先に出願した者に特許が与えられるってところがポイントですね。
それなら、発明が完成すれば一刻も早く出願した方が良いんですか?
いいえ。出願前にも検討が必要です。何を検討するか分かりますか?
そもそも出願するかどうかについての検討ですよね。特許として出願せずに、営業秘密として保有しておく方が良い技術もあります。方法の発明については、侵害の立証が難しいんですよね。
よく知ってましたね。
当然です!
(実はこの前N先生に教えてもらった。)
※N弁護士による「知的財産とは?②」 https://www.chizai.info/post/soron2 参照
物の発明と方法の発明の区別に関して、方法の発明もさらに2つに分けられるんです。特許法上、発明には3つのカテゴリーがあり、物の発明(特許法2条3項1号)、方法の発明(同項2号)、物を生産する方法の発明(同項3号)とされています。
方法の発明が2つに分けられるんですか?どう違うんですか?
まず、特許法2条3項2号の方法の発明は、何も物を生産しない方法であって、「単純方法の発明」ともいわれます。例えば、ある化学物質の測定方法といった発明がこれに当たります。
ええ、でもそれなら、特許を取ったからといって、別の人が同じ測定方法を使ってても、分かりようがないんじゃないですか?
はい、方法の発明は、物の発明よりも権利範囲は広くなりがちですが、侵害の発見が難しいと考えられています。
だから特許出願せずにノウハウとして管理する方が良いですよね。
一般的にはそうですね。ただし、競業他社が、同じ方法の発明を特許出願して、先に特許を取られてしまう可能性もあります。
・・・あ、そこで先使用権の立証が大事になるのか。
お、先使用権のことも知ってたんですね。次回は先使用権について詳しく解説するので、覚悟して・・・いや、楽しみにしててくださいね。
次に、物を生産する方法の発明については、単純方法の発明と何が違うんですか?
物を生産する方法の発明については、特許権の効力が、その方法により生産された物に及ぶこととなります(特許法2条3項3号)。ですので、物を生産する方法の発明の特許に基づき、その方法により生産された物の譲渡や輸入による侵害行為に対する権利行使ができるわけです。
それじゃあ、物の発明と方法の発明の良いとこ取りじゃないですか!?もしかして、物を生産する方法の発明が最強?
そんなに単純ではありません。例えば、A製品を生産するためのB方法の発明があったとします。そして、他社によるA製品の販売を差し止めたいと仮定します。
それができちゃうんですよね?
いえ、そうとは限らないんです。他社としては、自社が販売するA製品については、B方法ではなくてC方法によって製造していると反論することができます。A製品を生産するB方法の発明の特許については、別の方法で生産されるA製品には効力が及ばないのです。
は~、そうすると、製造方法が限定されるような製品じゃない限り、物を生産する方法の発明よりも、物の発明として特許を取った方が良いってことか。
物の発明と生産方法の発明の両方を権利化することもあります。特許法104条では、物を生産する方法の発明について特許が登録された場合には、その物が特許出願前に日本国内において公然と知られた物でないときは、その物と同一の物は、その方法により生産したものと推定するという規定があります。
なんと!
この推定規定が適用されると、侵害を主張された者の側が、別の方法によって生産したことを立証しなければなりません。
新しい製品を開発した場合は、生産方法の発明として特許を取っておくのも良さそうですね。
はい。どのようなカテゴリーの発明として権利化すべきかは、慎重に検討する必要があります。
ところで、今日は何の話をしてましたっけ?
特許登録の要件でした。話が脱線したので、最後の⑤公序良俗を害する発明の要件に戻りましょう。
最後に、⑤公序良俗を害する発明って、具体的にどんなものがありますか?
例えば、禁止されている薬物の吸引器具とか。偽札を大量に製造する機械とか。
ほお、そりゃダメだわ。
各要件の説明は以上です。
よく分かりました。特許の出願にあたっての先行技術の調査は、今日説明してもらった新規性や進歩性を満たしているか検討するために必要になるのですね。
そうです。新規性や進歩性を検討する目的で調査を行ったり、他人の特許権を侵害するおそれがないかを確認するために調査をすることもあります。
出願の際には、発明が実体的要件を満たしていることを、審査する人に理解してもらわないとならないですね
その通りです。出願にあたっては、審査官の説得のために、いろいろな工夫がなされています。
さっきのカプコンの特許の事例みたいに、進歩性についての記載が特に重要になりそうですね。難しそうだなあ・・・。
特許のクレームの範囲についても慎重な検討が必要です。クレームの範囲を絞れば、権利は認められやすくなりますが、権利侵害の成立の範囲も狭くなります。逆に、クレームの範囲を広くすれば、広く権利侵害も認められますが、権利登録を拒絶されやすくなります。このあたりの問題は、また別の機会にご説明しますね。
次回は、特許の効力について教えてもらいますね!今日は長かった!次回はメモを持参してきます!
(2023年1月23日公開)
[1] 知財高裁平成30年3月29日判決・平成29年(行ケ)第10097号
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