この話の登場人物
T弁護士
商子(しょうこ)さん
製造会社に新入社員として入社し、知的財産部に配属された。
大学時代にともにバンドを組んでいたT弁護士の後輩。
しょうこさん、前回は特許登録の要件について説明しました。今回は特許の効力についてお話しします。
特許を持っていれば、何ができるのか?ってことですね。今日はメモの用意もばっちりです!
そうです。特許法68条によれば、「特許権者は、業として特許発明の実施をする権利を専有する」と定められています。これは、業務として、特許発明を独占的に実施できるという意味です。
じゃあ、趣味として、他人の特許発明を使うことは自由なんですか?
まあ、そうですね。そんな人は見たことありませんが。
世の中広いから、いろんな人がいますよ。
また、技術の進歩を目的とする試験や研究のための特許発明の実施にも、特許権の効力が及びません(特許法69条1項)。
なるほど。
「試験」のための実施とは何かということについても議論があります。例えば、後発医薬品の製造開発承認を得るための臨床試験の実施については、特許法69条1項の「試験」にあたると最高裁が判示しています[1]。先発医薬品の承認を得るための臨床試験も同項の「試験」にあたるかについて、少し前に知財高裁がこれを肯定する判断をしました[2]。
難しい問題ですね・・・。
特に感染症対策のために新薬開発が必要な状況では、本当に難しい問題です。上記知財高裁の裁判例については、こちらの記事を参照してください。
※ Westlaw Japan 2021年6月7日付判例コラム
苗村博子「ウイルス製剤に関する特許技術を先発医薬品の製造承認を受けるための臨床試験に用いることが、特許法69条1項の、特許侵害の例外としての『試験』に該当するか ~令和3年2月9日知財高裁判決~」
次に、特許発明の実施の権利を「専有」するってありますが、他人が特許発明を無断で使うのをどうやって防止するんですか。
特許権者は、権利侵害に対しては、その差し止めを請求したり、権利侵害によって作られた物の廃棄を請求することができます。また、権利侵害によって損害を被った場合には、損害賠償を請求することもできます。
それは強力ですね!
それでは、発明をしたけど特許として出願せずにずっと使っていた技術が、他人に先に出願されて登録されてしまった場合、先に発明した者は当該技術を使うために、どのような権利を主張できるか分かりますか?
ふふふ、前回も言ったとおり、先使用権を主張することができます!N先生から教えてもらったのです。
※ N弁護士による「知的財産とは?②」 https://www.chizai.info/post/soron2 参照
なるほど。それで前回も「方法の特許」についてよく知っていたんですね。「先使用権」(特許法79条)は、特許権者と先に発明して使用していた人との公平を図るために認められた権利です。他人の特許出願の時点で、すでに国内で発明を実施してる場合などには、特許権を実施し続けることができる権利が与えられるわけです。
それなら、無理に急いで特許出願しなくても、それほど心配しなくていいんじゃないでしょうか?
ところがどっこい。
「ところがどっこい」、久しぶりに聞いたわ。
先使用権の立証は、そんなに簡単ではないんです。
と、いうと?
日付が入った客観的な資料を用いて、先使用発明の実施としての事業を現に行っているか、少なくともその準備をしていることを立証しなければなりません。発明の完成から、事業の準備、実施に至るまでの事実が分かるような資料が必要となります。具体的にどんな資料が考えられますか?
写メとか、動画とか・・・?
写真や動画は証拠資料となり得ますね。
他には、ええと、思い出した!開発とか製造に関する社内の資料ですよね。
それもN先生に聞いたのかな? そうです。研究ノート、技術成果報告書といった技術に関する資料、事業計画書や見積書といった事業に関する資料が挙げられます。
でも、いつ開発して、いつから使ってるかが大事なんですよね?
その通りです。
それなら、単に社内の資料に書かれている日付だけで大丈夫なんですか? トラブルになったときに、「後で日付を書き換えたんじゃないか!」とか言われそう。
日付をどう残すかは、非常に重要な観点です。思い当たる方法はありますか?
ええと、誰か信頼できる人に証人になってもらうとか・・・。でも、そんな人いませんよね。
いるんです。
いるの!?
正確には、公証制度を利用して、公証人に証明してもらうことになります。
なんと。
ある文書に確定日付を付してもらって、当該日付に当該文書が存在していたことを証明してもらうことができます。また、最も強い証拠力を付与する方法としては、「事実実験公正証書」というものがあります。例えば、工場における製品の製造方法について、公証人を現地に招き、使用する原材料や機械設備の構造や動作状況、製造工程等を直接見てもらい、公証人が認識した結果として公正証書に記載してもらうことができます。
そこまですべき場合もあるんですね・・・。
先使用権が問題となった裁判例で、実際に証拠として事実実験公正証書が提出された例もあるんです。
公正証書以外にも、デジタルな方法もあると思うんですけど、デジタルな証明だと証拠価値は低いんですか?
いいえ。電子データへのタイムスタンプが利用されることもあります。最近では、民間業者によるタイムスタンプを総務大臣が認定することで、証拠力を高めることができる制度ができているんです。
※ 総務省「タイムスタンプについて」
総務大臣の認定!?知らなかったです。メモメモ。
先使用権に関しては、特許庁が詳細な解説資料を作成して公表しています。先使用権の立証のための証拠確保についても詳しく説明されており、実際の各企業(匿名)の取組事例も多数紹介されています。しょうこさんの実務にあたっても、非常に参考になると思いますよ。
※ 特許庁「先使用権制度の円滑な活用に向けて-戦略的なノウハウ管理のために-(第2版)」
どれどれ、・・・148ページも!ゆっくり読み進めます~。
それでは、特許権の存続期間に進みます。突然ですが質問です。
よし来た。
特許権の存続期間は何年でしょうか?知的財産に関する研修で教えてもらったはずですよ。
たしかに、知的財産権の一覧表で見た気がする。ええと、登録から10年でしたっけ?
残念。それは商標権ですね。
うーん、出願から10年でしたっけ?
惜しい。それは実用新案権ですね。
それじゃあ、著作者の死後70年。
それは著作権。ってか、わざと間違えてないですか?もういいです!正解は、出願から20年でした。
そうでした。他の国では、特許の保護期間は違うのですか?
全世界的に、ほとんどの国では保護期間が20年間と定められています。中には、違う期間を設定している国もあります。例えば、フィジーは14年間だったかと。
フィジーは14年間、と。メモメモ。
今日はやけに勉強熱心ですね。
でも、出願から登録までに時間がかかったときは、登録後の期間が短くなって損をしてしまいますね。
審査の遅延については、一定の場合に、審査の遅延を理由とする存続期間の延長登録が認められています(特許法67条2項)。
なるほど。ちゃんと手当してくれているんですね。
また、先ほども話に出ましたが、医薬品については、承認までの審査に長期間を要します。そうすると、特許として登録が認められたとしても、承認が下りるまで販売ができず、20年間の保護期間では新薬開発のための投資を回収するのに不十分ということになってしまいます。そのため、医薬品や農薬に関する特許のように、その実施のための承認に長期間を要するものについては、5年を限度として延長登録が認められています(特許法67条4項)。
医薬品と農薬の特許は延長できる、と。メモメモ。
特許の効力については、発明の技術的範囲の問題や各種実施権の設定など、他にも知っておくべきことがありますが、それらはまた改めてご説明しますね。また、特許権侵害に関しても、均等論や間接侵害など、非常に重要なポイントがあります。まだまだ先は長いですよ!
うわあ。メモ帳を買い足さないとダメですね。
今日はしっかりメモを取れましたか?
もちろんです!
ええと、今日のメモによれば、フィジーの総務大臣が・・・。あれ~!?
まずはメモの取り方を勉強してください・・。
それではまた次回!
(2023年1月27日公開)
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