この話の登場人物
T弁護士
商子(しょうこ)さん
製造会社に新入社員として入社し、知的財産部に配属された。
大学時代にともにバンドを組んでいたT弁護士の後輩。
しょうこさん、今日は均等論の説明をします。
均等論、早速お願いします!
・・と、その前に。
え?
特許権侵害には3つの類型があると言われます。しょうこさん、分かりますか?
ええと、「うっかり侵害」、「確信犯の侵害」。あと一つは・・・。
(こりゃだめだ)
分からない!降参です。
「直接侵害」(「文言侵害」とも呼ばれます。)、「均等侵害」、「間接侵害」の3つです。
惜しかった。
全く惜しくありませんが、これらのうち2つ目の「均等侵害」が、均等論により成立する権利侵害です。後ほどご説明しますね。
はい。
まず、1つ目の、「直接侵害」や「文言侵害」と呼ばれる典型的な権利侵害は、第三者による実施行為が、特許技術の各請求項の構成要件を全て充足する場合に成立する侵害です。
ええと・・。
例えば、構成要件A+B+C+Dの技術的範囲から成る特許があったとします。この特許の直接侵害が成立するためには、第三者の実施行為も、A、B、C、Dの全てを充足していなければなりません。
構成要件の一つでも足りてないと侵害にならないのですか?
直接侵害にはあたりません。
そうだとすると、A、B、Cの部分をそのまま使って、Dの部分だけ少し変えてしまえば、侵害成立を避けられるんじゃないでしょうか?
良いところに気づきましたね。
と言うと?
たとえA、B、C、Dの構成要件の全部を形式的に充足していないとしても、実質的には「均等」といえる場合には、侵害の成立を認めるべき場合もあり得ます。
そうですね。
そこで、均等論によって均等侵害を認めるわけです。
なるほど。
前回の最後に、特許に関する超重要判例として、均等論についての裁判例を挙げたことは覚えていますか?
前回:「特許が無効に?」 https://www.chizai.info/post/tokkyo4
何かありましたね。ええと、ポールスミス、じゃなくて、ポールマッカートニー、でもなくて・・・。
「ボールスプライン」判決です。
そうでした。ボールスプラインさんです。
ボールスプラインは、人の名前じゃなくて、産業用機械に用いられるボールの転がり運動を利用した装置のことです。
ありゃりゃ。
ボールスプライン事件(最高裁平成10年2月24日判決・民集第52巻1号113頁)では、ボールスプラインの装置の軸受についての特許権の侵害が問題となりました。特許の構成要件A、B、C、D、Eのうち、侵害を主張された製品は、C、D、Eを充足していることが明らかでしたが、AとBが異なっていました。
AとBはどんな風に異なっていたんですか?
構成要件Aについては、装置の断面の形状(「U字」か「半円」か)等に違いがあり、構成要件Bについては、装置の一部が一体構造か、三つの部材をつなぎ合わせた構造かの違いがありました。
それらの違いって重要なんでしょうか?実質的には同一として均等侵害が成立するかどうかを、どうやって判断するんですか?
均等論による特許権侵害の成否について、最高裁としての基準を示したのがボールスプライン判決です。最高裁は、侵害を主張された製品(以下の①~⑤の要件では「対象製品」といいます。)について、特許の構成要件と文言上異なる部分があったとしても、次の5つの要件を全て満たした場合には、均等侵害に該当するとの基準を示しました。
①文言上異なる部分が特許発明の本質的部分ではないこと
②当該部分を対象製品におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものであること
③このように置き換えることに、当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(「当業者」)が、対象製品の製造の時点において容易に想到することができたこと
④対象製品が、特許発明の特許出願時における公知技術と同一ではなく、かつ、当業者が出願時に公知技術から容易に推考できたものでもないこと
⑤対象製品が、特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものにあたるなどの特段の事情がないこと
要件が5つも・・・。長い。
整理してご説明しましょう。まず、①~③の各要件は、均等侵害成立のための積極的要件として、侵害成立を主張する側で立証すべきものです。
①~③の要件は、特許発明の本質的部分じゃなくて、置き換えが可能で、当業者が簡単に置き換えることができる場合に均等侵害を認めるってことですよね。でも、①本質的部分かどうかって、どうやって判断するんだろう・・。
本質的部分は何かという問題について、最高裁の判示はまだありません。知財高裁としては、特許発明として開示された技術的思想全体と、侵害を主張された製品とを対比し、当該製品が特許発明の技術的思想の範囲内にあるならば、その結果として、文言上の相違は本質的な要素ではないから、相違点は非本質的部分となる、という考え方(技術的思想説)を採用していると考えられています(知財高裁平成28年3月25日判決・マキサカルシトール事件)。ただ、この考え方もかなり抽象的ですので、個別具体的な検討が重要です。
②の要件については、特許技術の一部を置き換えたとしても、同じ作用効果があるかどうかということで、比較的分かりやすいですね。
②の要件の考え方は分かりやすいのですが、実際の事件では、一部を置き換えた結果、これにより得られる作用効果が元の特許技術よりもやや小さかったりすることがあります。元の特許技術よりも小さい作用効果しか得られなかったとしても、②の要件を満たしているといえるのかどうかなどが争点になります。
それは悩ましいですね。
③の要件については、置き換えの容易性判断の主体と時期が重要です。容易性判断の主体としては、発明の属する技術の分野における「通常の知識」を有する者(「当業者」)が基準となります。技術に全く詳しくない素人や、並外れた研究実績を有するその分野の第一人者のような専門家が判断の主体となるわけではありません。
分かりました。
容易性判断の時期としては、侵害を主張された製品の製造の開始時が基準となります。新技術の発達によって、訴訟提起時点では置き換えが容易であったとしても、製造開始の時点では容易に思い浮かばなかったとすれば、置き換えが容易であったとは認められません。
ボールスプライン判決が示した④と⑤の要件も分かりにくいです。①~③の要件との関係はどうなるのでしょうか?
④と⑤の各要件は、消極的要件として、侵害成立を否定する側で立証すべきものです。
じゃあ、侵害成立を主張する側が①~③を全て立証したとしても、侵害成立を否定する側が④又は⑤を立証すると、均等侵害は成立しないということですか?
ご理解のとおりです。
④と⑤の各要件は、どのような要件なのですか?
まず、④の要件は、特許技術の一部を置き換えた結果、特許出願前から公然と知られた技術(公知技術)になってしまうのであれば、均等侵害の成立は認められないということです。
ある意味、それは当然のことですよね。公知技術の使用が特許権侵害になるはずはないので。
実際のところ、④の要件が問題とされた事例は非常に少ないです。
⑤の要件は何ですか?
⑤の特段の事情がないことという要件は、例えば、侵害を主張された製品の相違部分について、特許権者が、出願時に特許請求の範囲から意識的に除外したものであるにもかかわらず、侵害訴訟では前言を翻して、相違部分は大した問題ではない!と主張してはならないということです。
出願時と違うことを主張してはいけないという法理ですね。何でしたっけ?「きんはんげん」?
その通りです。ボールスプライン事件の判決文では、⑤の要件については、禁反言の法理に照らして均等侵害の成立が許されないと説明されています。
う~ん、均等論って奥が深い・・・。
実際の特許権侵害訴訟では、主位的請求として直接侵害(文言侵害)が主張され、予備的請求として均等侵害が主張されることが多いです。今日はあまり深入りできませんが、均等論の①~⑤の各要件について、長年の裁判例や議論の積み重ねがあります。
今日だけで均等論をマスターしようかと思ったけど、難しそうですね・・・。
今日はまだ第一歩を踏み出しただけですね。
均等論の奥の深さを知って、気が遠くなりました。でも、T先輩が言うように、ボールスプライン事件の最高裁判決が超重要ってことが理解できました。
先は長いですが、少しずつ勉強を進めてくださいね。
(2023年9月29日公開)
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